「虹を掴む」川淵三郎

キャプテンの自己肯定の書を新年早々読みました。買うのはもったいないので、図書館で借りて読んでいます。買ってキャプテンに印税が入らなくて本当に良かったと思いました。
みなさんも、不幸にしてこの本を買ってしまった知人から借りる/もらう、道ばたで拾う、図書館で借りるなどして、キャプテンに印税が入らない手段で入手して、是非読んで欲しいと思います。

そのおりには是非本書で完全に無視されている、Jリーグ創設の真の立役者である木之本興三氏が日刊現代に寄せた手記「Jリーグへの遺言」の抜粋が掲載されている税リーグニュース*1を読んでから、本書を読んで欲しいものです。

川淵三郎 虹を掴む (FOOTBALL NIPPON BOOKS)
川淵三郎 虹を掴む
本書は、日本でサッカーを人気スポーツに仕立て、一種の社会現象に発展させた日本サッカー協会キャプテンの回想録である。自らのサッカー人生、ビジネスマンとして味わった挫折、Jリーグ開幕、ドーハの悲劇Jリーグの危機などを振り返る。

スポーツビジネスの新しい形を追求した姿が印象的だ。「自治体と住民、サッカークラブ、出資企業が一体となって地域を活性化する」理念を掲げた。言葉が古くさくては訴求力に欠けるとチェアマン、サポーター、ホームタウンといった新しい言葉を採用した。本書は、その過程で生まれた読売グループとの確執の一部始終も明かす。

オフト、トルシエジーコら歴代日本代表監督の率直な感想も記しておりサッカーファンならずとも興味深い。

(日経ビジネス 2006/07/03 Copyright潤・001 日経BP企画..All rights reserved.)

これ以降は本の内容のネタバレをかなり含みますので、ご注意下さい。
さて、横浜フリューゲルス横浜FCサポとしてこの本で一番の眼目は187ページから223ページまで37ページに渡って書かれた、「福過禍生」と題された「第6章 最初の試練−Jリーグバブルと経営危機」の項。
いきなり書き出しで、

何より、愛するチームの消滅の苦しみを味わうことになったフリューゲルス・サポーターの無念を思うと、今でも胸がかきむしられる思いだ。

と泣かせます。この本では川淵氏が事態を知ったのはすでにマリノス/フリューゲルスの会社が合併への道筋を付けてしまった10月6日のこと、とされていますが、木之本氏の「Jリーグへの遺言」では、8月にすでに川淵氏は、両者から相談を受けており、実際事務方を取り仕切っていた木之本氏に対し、

合併話がある。オレが全部仕切る。おまえは口をはさむな。

とくぎを差しているそうです。

そして、企業の倫理を振りかざされ、企業人として合併に反対することの出来なかった川淵氏の言い訳が8ページに渡って続きます。

  • 企業のトップ同士が決めた決定の重さは十分理解できた。
  • もう合併に向かいにっちもさっちも行かなくなってから私の所に話が来た。
  • 合併に反対すれば他に手を引きそうなクラブが関東に数社、関西に1社あった。
  • 短期的には合併によって一つクラブを減らしても、一つになった新生のクラブが力を合わせて強いチームになり、財政的にもよりしっかりとした強いクラブに生まれ変わるのなら、長期的には決してマイナスにはならない。

と書き出しとは全く違う結論に至ります。

そしてフリューゲルスをつぶしてもかまわないと思った最大の理由として、サポ団体も乱立してまとまりに欠けており、ファンの数も少ないので、合併を決めても大きな反対運動に至らないだろう、との思いもあったことが明かされます。

そして、サポーターがリーグへの陳情と抗議行動を行ったことをかなり意外なものとして取り上げています。
さらに救済を名乗り出た人物に対し、フリューゲルスという名称を使うことを全日空は快諾したものの、マリノス側が拒否したために、また両者が合併で進んでいるのでそう言う話は迷惑だ、という理由で支援を断った経緯も描かれています。

その支援策がならなかった結果として産まれた横浜FCに対して川淵氏は以下のように書きます。

横浜FCの誕生は私をほっとさせた。そんなことは全くの計算外だったし、失礼な言い方になるかもしれないが、フリューゲルスのサポーターの規模でもこんなパワーを発揮するのであれば、浦和レッズ鹿島アントラーズの出資企業が「撤退」なんて口にしたら、どんな騒ぎになるかということも想像できた。フリューゲルスでも反響の大きさは私の予想を遙かに超えていたのだから、レッズやアントラーズなら下手をすれば不買運動だの暴動だのといった過激な行動を出資企業に対して行うかもしれない。そういう意味では後々の展開に向けて、大変な抑止力になったことは間違いない。

として、抑止力のための犠牲にされたことをカミングアウト。
最後に、天皇杯でサポーターから川淵氏に浴びせられたブーイングを「残念だった」と振り返り、サポーターから一番悪者扱いされたのは佐藤工業で、社長の奥さんをお慰めしたことがある、と締められてこの第6章は終わる。

ここまで当事者間での認識のズレが大きいと、我々と川淵氏は違う宇宙で同じ事柄にあたっていたんじゃないか、とすら思えてきてしまいます。

天皇杯で前田選手会長から「おまえ、チームを潰しやがって。覚えてろよ」、とつぶやかれたという(税リーグニュースより)木之本氏の述懐に比べると、いかにブーイングが残念だったという川淵氏の認識が浅はかなものであったかが分かります。合併でFを残してくれて有り難う、と感謝されるとでも思ったのかバカ。

ということで、自己肯定肥大のとんでもない初夢を新年早々見せられてしまったような気分ですが、ある意味すごい本ですので、是非前述の税リーグニュースと、木之本氏を主人公にしたノンフィクションである平塚晶人氏の著書

空っぽのスタジアムからの挑戦―日本サッカーをメジャーにした男たち空っぽのスタジアムからの挑戦―日本サッカーをメジャーにした男たち
Jリーグがスタートするほんの数年前まで、JSL(日本サッカーリーグ)の試合会場にはいつも閑古鳥が鳴いていた。その現状に誰よりも危機感を抱いていたのは、各チームのマネージャーたちだった。彼らは水面下で「茶話会」と称する集まりを作り、サッカーとサッカー選手の地位向上を目指してプロ化プロジェクトをスタートさせた。本編では、「茶話会」のリーダーだった木之本興三氏(現・Jリーグ専務、日本代表強化副本部長)の目を通してこのプロジェクトをルポルタージュする。木之本氏は古河電工で3年間選手として過ごした後の75年に腎臓病を患い、以来26年間、週に2回の人工透析を続けている。日本サッカーの変革は文字通り命をかけて断行したプロジェクトでもあった。

もあわせて読んでいただきたいものです。

彼が今の彼になってしまった理由が何となく分かってくるような気がします。

*1:アンチサッカーな管理人がモノすごい熱意でサッカーのネガネタを集めまくっているブログ。ここまで行くとアンチだとしてもサッカーを愛しているに違いないと思えてしまう。